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草子ing(予告編):五光発條「SpLink」

誰もがイメージできるが実態をしらない 「ばね」

 

 我われの日常生活に欠かせない“ばね”。「物体の弾性又は変形によって蓄積されたエネルギーを利用することを主目的とする機械要素」と定義されている。金属などで製造される“ばね”はイメージこそすぐにわくものの、大小種類は様ざま。その本質を知っている人はけして多くないはずだ。

 神奈川県・横浜市に本社を構える五光発條はカメラや携帯・スマートフォンなどに使用される精密ばねを中心に製造を行う会社である。同社のホームページを見ると“押しばね”、“引きばね”、“ねじりばね”、“特殊ばね”など多くの製品を製造している。

 「昔はカメラのシャッター周りに使用される微細な、ばねが多かったのですが、いまはスマートフォン用のタッチペンに使用されるすごく小さな精密ばねなどが生産数では多いです。一番数が出たのはDVDプレーヤーなどの手で押すと開閉するトレイ用についている小さなスイッチ用で、多いときには1アイテムが月に1000万個製造したことがありました」

 1971年に創業した五光発條が製造するばねについて、代表取締役社長・村井秀敏さんはこのように話してくれたが、 ばねについての知識が少ない筆者は、それが他社にない五光発條の技術があったからこそできたことなのか村井社長へ質問した。

 「私たちだからこそできたというものではありません。ただし、私どもが他社と違うことがあるとすれば、 来た仕事については基本的に断わらないこと。そのため他の、ばね屋さんがやらない(できない)と断った図面の発注が来ることは珍しくありません。ウチの開発陣は難しい図面であるほど燃えるタイプが多い。以前、よその会社が断った図面の発注が来たときも開発陣は『絶対にやります』と、従来はありえないような(ばねの)作りかたを図面に反映させオーダーに応えたことがありました」

 そんな話のひとつとして携帯電話用製品についての逸話がある。スマートフォンがいまほど普及してなかった携帯電話全盛時代、スライド式携帯電話用のばねについて五光発條に依頼がきた。国内では折りたたみ式が主流だった当時は韓国メーカーのほうが2年ぐらい技術的に進んでいた形状だった。

 「携帯電話の設計者は、工程で時間がかかる(試作で必要な)型が必要となるパーツとくらべ金型が必要ない、ばねの依頼についてはかならず最後にやってきます(苦笑)」

 このスライド式携帯電話のオーダーについて「設計した結果、こういう形状になったので、ここに力(ばね)が欲しいんだ」と、いうのは簡単だが実現するには多くの課題を乗り越えないとできない難しいものだった。しかし、五光発條がカメラなど精密機械で培ったこれまでのノウハウや難しい案件ほど熱くなる技術陣の頑張りで見事クリアー。しかも、その技術は従来ないばねだったことで実用新案まで取れたのだ。

 「これからは特許戦略で稼げる、と思ったら時代がスマートフォンに変わってしまいました(苦笑)」

 村井さんは残念そうな顔で話してくれたが、この特許技術は結果的に自社がもつ技術を世の中にアピールしていくきっかけになった。

生き残りをかけタイへ進出

 

 そしてもうひとつのきっかけは自社の海外進出。五光発條はいまから22年前の1991年にタイへ工場進出をはたした。いまでこそ町工場の海外進出は珍しくないが、いまほど大手メーカーの海外移転がなされていなかった時期だったのにもかかわらず、早い段階での決断だったといえる。ただ、これは製造業の海外シフトが進むことを見越してのものではなかった。

 「先見の明があったからではなく、ばねの世界は国内での競争が厳しく、ただ日本で生産しているだけでは食べていけない状況だったのです。しかも量産メーカーの生産が海外へシフトしていったため、このままでは先がないと海外進出を決めました」

 タイへ進出した当時の工場は、他社の間借りからスタートしたものの、いまや3つの工場を構えるほどに成長。また、2005年にはベトナムの首都ハノイにも進出した。

 タイ、ベトナムともに現在の業績は好調。ただ海外だけでなく国内での仕事をうまくまわさないといけない。そこで必要となるのが自社技術のPRだ。しかし、メーカーからの発注を通した自社技術やノウハウを公開することはできない。

 「製品で一番壊れやすいのは、ばねが必要である駆動する箇所。1コ1円以下と価格が安いからと言って、ばねをばかにしてはいけません。本来は、ばね目線から機構を考えたほうが面白いものができるかもしれないですよ」

 メーカーには設計やオーダーについて「無茶を言ってください」、と言うほど自社の技術に自信を持つ村井さんは、ばねを活かした自社製品の開発を決めた。

 「構想は5、6年前からありました。私たちの技術が発揮できる1000分の1較差レベルの微細な調整を行う製品を求めるニーズが減り、自社技術が発揮できない状態になっていたからです。タイやベトナムでは良い仕事の話がくることにくらべ、国内ではどこを探しても良い仕事がこない。そんな危機感を持っていたことも自社製品の開発を決めたきっかけです」

 しかし自社製品の開発・販売は簡単にいかない。ばねの原材料となる巻き線材を利用して、表面に光触媒加工を施した亀型の防腐防止材を作ったが成功とはいえず日の目を見なかった。

 「いまになって思うと、自社製品を作るなら人の役にたちたい、という視点で考えすぎたのかもしれません」 

 このあと、村井さんは“自分が欲しいもの”“自社設備を使って開発・生産できるもの”を作ろうと決意する。時間をかけ考えた結果、子どものころ、レゴが好きだったことを思い出した村井さんは、ばねを使ったブロック『SpLink(スプリンク)』を生み出したのだ。

 これは、ばね型のパーツをジョイントパーツで組み合わせることで、様ざなま造型を製作できる金属製のブロックだ。金属を使ったブロックは存在しなかったため、五光発條の社員が一丸となり製品化にこぎつけた。

 「試作品を作ったらびっくりするくらい楽しくて、自分で作ったものなのに、自分がハマってしまいました(笑)。ここまで楽しいのであれば、同じようにハマる人が何人かいると期待し商品化を決めたのです」

 ただ、自社製品を開発したからといって五光発條が販売ルートをもっているわけではない 。つまりどうやって『SpLink』を売っていいのかがわからないのだ。町工場といえば本来“B to B”といわれる対メーカーとの企業間取引しかしないのが一般的なのである。一般消費者向けに行う“B to C”は経験がなく売り方がわからないのは当然のことなのだ。

 展示会などで一般ウケするかの反応をうかがいながら『SpLink』を販売するため、村井さんが打った手は「クラウドファンディング」を利用することだった。

 この『SpLink』 は当時、できたばかりのクラウドファンディングサイト『zenmono(ゼンモノ)』に出展し開発費の支援を仰いだ。当初、支援は伸び悩んだが、村井さんの製品に対する情熱が伝わったのか最終的に見事プロジェクトを成功することができたのだが、この出展は自社製品を作るための支援を求めるだけではなかった。クラウドファンディングを利用することでして販売支援をも求めたのだ。しかも、メディアで取り上げられるという商品の広告戦略まで担った。このような取り組みは町工場の新たな挑戦といっていいだろう。

 zenmonoプロジェクトページ
 http://zenmono.jp/projects/4

 今回インタビューしたのは五光発條の社長室だったが、村井さんの机には『SpLink』 で製作した龍、某モビルスーツ、かえる、といった大小さまざまなモデルがならび、部屋の入り口付近にあったハンガーには『SpLink』で作った帽子とネクタイがかかっていた。ばね同士をジョイントする機構は特許出願中で、接続のしかたにより可動域が広がるなど、作り手の工夫次第では製作物の造型は無限だ。

 ただ、『SpLink』 は自社技術をアピールするだけではない。この製品を出すことで面白い会社と思ってもらうことだけでも、いままでに出会えなかった層との知り合えるきっかけになるのではないかと、村井社長は期待している。

 「厳しい時代だからこそチャンスだしワクワクしています。自社設備を使ってワクワクする自社製品を作ると、自社の見方も変わりますし。SpLinkが売れる、売れないは別として、自分が楽しめ、またその楽しさをわかってくれる人に向けた販売でBtoC(個人顧客相手のビジネス)まで一度いければ、次はこういうふうにやろうと前向きなカタチに変わっていくのではと期待しています」

 メーカーからの委託で仕事を受ける町工場にとって新規の仕事を得るには並大抵の営業力では不可能といえる。しかし、『SpLink』など自社製品をフックに、従来出会えなかった人たちと繋がることで仕事のみならず世界が広がる可能性があるのだ。これは町工場にとって非常に大きなことであるのは間違いない。

 最後に、筆者が村井さんに話を聞いて印象的だったことを伝えておきたい。それは私との話の途中で何度も「ウチの社員は本当に真面目で優しくていいスタッフばかり」と、とにかく社員のことを自慢していたこと。部下や社員の手柄を自らの手腕と思い込んでいる経営者が少なからずいるなか、村井社長と社員が信頼関係で結ばれていることがこのことだけでも理解できたのだ。

 信頼関係が自社の技術向上や売り上げに必要なだけではなく、仕事に対するモチベーションが上がることで経営向上に寄与していることは間違いない。ばね業界は厳しいとはいえ、村井さんの元で働くことができる五光発條の社員はとてもうらやましいと本気で感じた。

 

(※書籍発刊時、加筆・修正が入る可能性がありますのでご了承ください)

 

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