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第181回MMS(2019/5/27収録)「内観や心理学の手法を用いてホントの自分自身に気づきを得る実践的な学びに取組む」後編 青山の手塚千鶴子さん

前編からの続きです。

●三田の家・芝の家の活動について

 三木:三田の家とか身体知ということなんですが、我々のビジネスの現場にいて、特に大企業が非常にイノベーションを起さなきゃっていう流れにはあるんですが、全く起きてるようには思えない。組織がヒエラルキー型の中で特に卓上で色々思考することが多くて、身体知という体から出てくる知というのが非常に欠けてきてるのかなと思っています。イノベーションを起こすには何らかの身体知、あるいはお互いの甘え、弱さを見せるような組織づくりがビジネス界では今ようやくこの数年叫ばれていて、『ティール組織』っていう本が出版されたりしてるんですね。具体的には数値の管理とかではなくて、ある程度権限を委譲したりして、それぞれのユニットが1つの大きな社会を作るために自律的に活動することで、環境の変化に対応しやすくなったりとか、イノベーションが起きやすくなるという組織論の本です。その中で身体感覚という、あるいは思考的にも仏教思想に近いものが入ってたりとか、それが欧米で2年ほど前に非常にブレイクして、日本が求められているのはそういった身体知ですとか、あとは権限委譲、ホラクラシーっていう考え方とかっていう言葉が盛んに言われている中で、新しい学習方法としても身体知とか、あとは地域のつながりとしてのコミュニティですね。そういった意味ではずっとやってらっしゃったことはすごい先駆的な試みなんじゃないかなと思いまして、三田の家の活動から今どんなことをされているのか。

 手塚:三田の家は熊倉先生とか坂倉さんとか社会学の岡原(正幸)先生とか色んな先生が集まって、大学の無機的な教室ではなくて一緒に食事もしながら、しかも一軒家で昭和30年代ぐらいの、外を見るとおんぼろなんですけど、中はすごく良い普請で、そこを坂倉さんがちょっとリノベーションをして、大きなテーブルを作ったり、キッチンもカラフルな仕様にしたりして、まず環境を整えて。場が大事だっていうコンセプトがまずあって、入って来る学生達も「おばあちゃん、おじいちゃんの家に来たみたい」とかっていう何か温かい懐かしさみたいなものを感じる空間だったんです。私は参加しなかったんですけど、最初からそういう空間をリノベーションする時もボランティアが参加して作って。

三木:それは大学の予算で?

手塚:教養研究センターのほうでそれをサポートしてくれたんです。だからサポートを得るためにはちゃんとコンセプトとかは熊倉先生とか坂倉先生とかがやってくださいました。キャンパスから歩いて3分くらいのところで、地域連携もコミュニティの人達も来られる、学生も来られる、全然関係ない人も来られる、そういう柔らかな緩やかな交わりの場で、それぞれ大学の授業の中ではやれないような色んな身体知に根ざした面白い授業をやりましょうと。実際にそこの場所で授業をやっちゃう先生もいたわけです。映像を作ったり、セクシャリティの問題も女装した人をお招きするとか、日ごとに日替わりマスターということで、曜日ごとに違う先生が担当することになったんです。私は最初は火曜日で、途中から月曜日担当で最後は7年間続いたんですけど、私の話で言うと、カウンセリングもやってたんですけど、欧米系の学生はカウンセリングに対して割とオープンに来る人もいるんですけど、それでも授業なんかを見ていてだいぶ大変かなっていう学生はいるわけです。

三木:授業についていけてないっていうことですか?

手塚:授業での振り返りのペーパーとか宿題を出すんですけど、その授業も心理教育的支援を目的にしたような知識を集めるのではない、自分の振り返りを支援するような構成にしてあったので、何となく授業の様子とかグループディスカッションしてる時の様子とか描いた絵とかコラージュとかペーパーを読むと、ちょっと大変そうだなっていう学生は…

宇都宮:心理状態が…?

手塚:はい。色々な課題を抱えてるなっていう学生もいたんですけど、カウンセリングに来るかっていうと必ずしも来てくれないので…

宇都宮:「カウンセリングしませんか?」って言いづらいですもんね。

手塚:よっぽど大変な場合は声をかけたほうがいいんでしょうけど、それぞれの学生の気持ちがあるので、そういう時に授業の中でなるべくカウンセリングに来なくても振り返りで自分を見つめて自分なりに解決できるようにっていうのは頭のどこかに入れて授業をやってたんですけど、交流の場を作って誰かと一緒に出会ったりプレゼンテーションをしたり言いたいことを言ったり、それから日本のことを、それこそ藤尾(聡允)住職とか、それは宗教のセッションを作りたいっていう角田(善彦)さんっていう色々月曜日手伝ってくれた人が色んな人を呼んでくださったんですけど、そういうサポートしてそれぞれの学生達が日本にいる間に成長してほしいみたいなそういう場です。東北の震災の時に被災地に行って協力した人とか、パレスチナに行ってパレスチナの人達のボランティアをした人とか、シリアのアラブの春が始まった時に出身地のシリアにボランティアに行って、その時のすごい緊張感を感じた人が話をしたりとか、国際交流というコンセプトには縛られない多様な体験をしている人達が発表したい人は発表するし、こちらから声をかけることもあります。

三木:そこにこの間お話を伺った逗子の井本(由紀)さんとか?

手塚:そうです。

三木:横須賀の藤尾(聡允)住職とか?

手塚:そうです。藤尾(聡允)住職は宗教のセッションで来て、井本さんはその前に外国語教育研究センターで私が会議に出たことがあって、その時に井本先生が研究員で来てらして、そこで知り合って「三田の家ってやってる」って言ったら、彼女も色んなフィールドワークをやってるので、あの場も井本先生にとっては面白いフィールドだったみたいで。

 三木:それから三田の家と芝の家といくつか展開されたんですよね?

手塚:そうです。三田の家でスタートして、それで歩いて2、3分のところに別の場所を作って、そこはもうちょっと地域の人達をメインに取り込むような、おじいちゃん、おばあちゃんとか、子育て中の人とか、あそこでは食事はどうしてたのかな?三田の家は私の月曜日は必ず食事をして。

三木:食事を作る方はどなたなんですか?

手塚:私が作ってるんです。

三木:そうなんですか?

手塚:みんなあまりお金がないからお金は自由と。「今日は先生200円」って言う人もいたので、だいたい3,000円~4,000円の間で全部賄って、でもその中に時々チュニジアから来た人がチュニジア料理をやるとか、トルコのエイブルさんがアシュレっていうすご~く甘いお菓子を持って来てくれて、イスラムの話をしてくれたりとか。

三木:面白いですね。スタンフォード大学の重松先生がスタンフォード大学の中でハーモニーハウスっていうのをやってらっしゃるんですけども、そこは大学のキャンパスの中にあります。行かれたことありますか?

手塚:スタンフォードは行ったことありますけど、ハーモニーハウスには行ったことないです。

三木:そこは本当に普通のお家なんです。キャンパスとは違う一軒家なんですけど、色んなエスニシティの方が集まって、アメリカ社会の中で色々心に傷を負ったりとか、移民の方でスタンフォードに辿り着いて色々ある人が対話をするみたいなところがあって、たぶん三田の家では一緒に料理を作ったりとか、もっと外部の人もみたいな、1つのパッケージ化されてるのが三田の家なのかなと。

手塚:月曜日はそういうスタイルでやってました。18時ぐらいから集まって、ご飯を食べてからプレゼンテーションとかやって、毎週片づけはボランティアで最後洗ってくれる人もいるし、もちろん料理も手伝ってくれる人もいるんですけど、だいたい23時とかそれくらいの…(笑)。

三木:結構遅いですね。

手塚:何となくそこでメインのプレゼンは終わるんだけど、こうやってスマホでやり合ったりして。日本人の学生は授業中はほとんど英語を最初のうちは喋らないようなシャイな学生だったんです。そしたらある留学生と知り合って気が合って、ピアノのコンサートか何かを杉並公会堂でやって、それからまた留学して大学院にも行き。

三木:そういう本当の意味での国際交流っていうのはたぶん大学の中では難しいからあえて外にみたいな話でしたっけ?

手塚:授業の中で知り合うっていうことで可能ではあると思うんですけど。

三木:寝食を共にするみたいな、同じ釜の飯を食べるみたいなところとは…

手塚:ちょっと濃い…

三木:そういう三田の家とか芝の家みたいなところで展開するという。

手塚:そんな感じでした。

三木:コミュニティ作りというところで、大学と地域っていうのはどこか敷居があるので、そういう中間的なサードプレイスだとすごい交流が深まっていいなと思ってるんですけど、マインドフルシティ(鎌倉)を作る上での色々参考にさせていただければと思います。

手塚:熊倉さんとか坂倉さんにぜひ。

 

●井本さん、小木戸さんとのご活動と内観療法について

 三木:井本さんと小木戸さんとやられているユニットというか…

手塚:Contemplative Learning Network(CLN)とか言いますが、3人組で。

三木:私も参加させていただいて、井本さんのワークの最初の流れがあって、内観があって、小木戸さんのシアターワーク、このすごい素晴らしいミックスが色んな効果をもたらすっていうのを体験させていただいたんですけど、内観っていうのはずっと前からやられている?

手塚:はい。元々アメリカに行く時に臨床心理のお世話になった先生が「アメリカでカウンセリングを勉強してもそれを右から左へすぐ輸入することはできないよ」と。それで「日本人の精神性っていうか心理みたいなものを向こうに行く前に一度経験した方がいいし、日本の風土で生まれた心理療法っていうのを経験したほうがいい」って言って内観を紹介していただいたんです。

三木:ワークショップの時に留学生に内観をお勧めしたら、一部でリジェクト(抵抗)があって。

手塚:一番最初ですから、もう30年近く前に授業の中で内観の「自分にとって大事な人との関係を、お母さんをスタートラインにして小さい時から現在までをしていただいたこと、して返したこと、ご迷惑をおかけしたこと、この3点について振り返るんだ」って言うと、まず「ご迷惑をかけられてることを振り返らないっていうのはアンフェアだ」って言うんです。「自分はたくさんご迷惑をかけられてるはずだ。それをこの心理療法、内省法の中で振り返らないっていうのはおかしいじゃないか」っていうのが1つと、あと他の(カール)ロジャースにしても精神分析にしてもユング派にしても、ノンバーバル(非言語)なものも使いますけど、メインはトークですよね。集中内観の場合は1週間泊まり込みで自分でずっと想起するわけです。途中でガイドが入るわけですけども、基本は静かにやるんです。だからアメリカ人の文化人類学者はそれを経験して、『quiet therapies』っていうことで禅も紹介してるんですけど、「そんなことは耐えられない」と(笑)。

三木:おそらく禅に近いものかなと思っていて、我々も座る中で自分の内観をすることが多々あるんです。

手塚:自然にそうすることはありますよね。30年ぐらい前に最初に授業で話をした時にこれはちょっとまだ使えないなと思って、実際に留学生にやってもらわなかったと。

三木:スタンフォードのほうでやっている重松先生のワークは結構近いものがある気が…基本は対話をベースにしてますけど、たぶん内観的な部分もあるんじゃないかと。

手塚:たぶんそうだと思います。私もまだマーフィ先生の本をじっくり読んでないですけど、私自身がアメリカに行く前に1週間内観して、それから2回ぐらい1週間ぐらいの集中内観をやってて、色んなことが整理されてある種爽やかになったり、ちょっと絶交しちゃった関係性とかあったんですけど、「もしかしてこういうことだったかな?」ということも分かったし、相手の立場にも立てたのでこれは貴重かなと今になって思うんですけど、最初にリジェクトされてから10年ぐらい経って、日本人の心理学というタイトルの授業の中で甘えの紹介もしますけど、内観をやって、内観がかつてよく言われてたのは素直な心を生むことをゴールにする、そういう流れの中でミニ内観を実際に授業でやって、コラージュをやってもらったり、絵を描いてもらったり、ディスカッションをして最後にリフレクション・ペーパーを書くということをやると、最初は「え~」とかって言うんですけど。

三木:日本人の学生?

手塚:両方。だけど留学生の中に「こういう視点から考えたことはなかった」って言って、結構日本人学生よりも振り返りが非常に分析的だから、すごくその後も自分なりに深く考えて、「英文A4で7、8枚でいいよ」って言うのに20枚ぐらい書いてくる人とかあるので、特に留学生の場合には親元を離れてるので余計振り返りが深くなるのかな。

宇都宮:素直っていう概念ってどういうことなんですか?

手塚:難しいですよね。

宇都宮:唯々諾々と受け入れてる状態に思いがちじゃないですか。

手塚:それは留学生も素直を単純に英語でobedienceとかcomplianceとかっていう風に訳してしまうと唯々諾々として「何でこの人の言われたことを…」

宇都宮:素直な良い子っていう…

手塚:そうそう。「先生、僕の国ではそういう人は弱いパーソナリティで裏切られたり騙されたりそんなことになります。素直な人は批判精神がないんです」って言うんですけど、素直も甘えもすごく色んな要素を持っていて、自分の中の自分に対峙している場合の素直っていう次元で捉えることもできるし、他者関係の関係性の中で捉えることもできるし、河合隼雄さんなんかは自然に対しての素直みたいなことを言ってらっしゃるんです。

宇都宮:あるがままをとか、囚われないみたいな形で。

手塚:だから自分自身と向き合ってるレベルで言うと、マインドフルネスに近づいてくると思いますけど、何か自分の中にあるものをないかのごときに否認したり、抑えつけたり、否定したりせずに。

宇都宮:普通弱いと守ってしまいますよね。その中で鎧を解きほぐすというか…

手塚:だからバルネラビリティを受容できるような心の状態っていう風に…

三木:ビギナーズマインドっていう、初心の心ですね。

手塚:それが1つと、他者との関係では別に批判的思考力がないっていう意味ではなくて、一旦自分を空にして相手の意見を聞ける、それを取り入れるかどうかはまた違うと思うんですけど、ただ親が子供に素直に育ってほしいっていう時は割合と親の言うことを何でも聞いてという風にも現実には使われると思いますけど、そういう風に非常に広がりのある概念だと思うんです。だから最初はもう留学生はう~んっていう感じで。

三木:受け入れ方が日本人と留学生は違うっていうのはすごい面白いというか、文化的な背景で…

手塚:すごい面白かった。色んな素直な話をしたり、ちょっと論文を読んだり。村瀬(孝雄)先生っていう先生が素直を外国の心理療法の学会で英語で説明するわけです。元々土居(健郎)さんは国際学会とか国際的なジャーナルに甘えを説明しようとして投稿してるんです。日本語の『甘えの構造』は1972年なんですけど、1950年代からそういうことをやってらっしゃる。だからすごい甘えに対してのカルチャーショックがあって、何とかしてこれを分かってもらおうとしてそういう積み重ねをいくつも英語でペーパーを書いてらっしゃるんです。

三木:それで今があるという感じですね。

手塚:そう。20年ぐらい経って日本語でやって、だから今はbehavioral scienceの辞書なんかにたぶん甘えっていうのはそのまま載ってると思うんです。素直がそこまでいってるかっていうとそうではないんですけど。

宇都宮:僕らのzenschoolとかでやってることに創造力とかっていうのも素直と密接につながってきてて、受け入れてしまわないと本当のクリエイティブが出てこないっていうのがあるので、どうやって素直になるのかっていう方法論がすごく色々多岐に渡って人によりますよね。それこそ身体知の部分ですよね。

手塚:入ってくると思うし、東洋文明の中での自然観とか、西洋文明は自然と人間が対決して自然を人間がコントロールするっていう、それはそれでいいけれども。

宇都宮:二項対立の先ですよね。日本だと東洋だとそこが融合しますよね。

手塚:はい。融合することのポジティブな面もあるし、しがらみっていう形でその人らしさが抑制されてしまうっていうネガティブな…

宇都宮:なかなかニュートラルって難しい。中庸って言うのでしょうか…

手塚:難しいですよね。だから使う人自身によって素直っていうのをどういう意図で使うかにもよりますよね。

 

●手塚さんの考える「日本の○○の未来」に対する想いについて

 三木:手塚さんの考える「日本の○○の未来」、○○は自分で入れていただいて。今やってらっしゃる教育の未来でもいいですし、今やってらっしゃるユニットの世界がどういう風に展開をするかっていうことでもいいですし。

宇都宮:世界が素直を求め始めてるとかそんな感じの未来でも。

手塚:私日本でも世界でも人が将来これからもっと素直になってほしいという部分と、怒りにもすごく興味があるんです。怒りを自分も含めてもっと建設的に生かせるようになる未来があったらいいなと思っております。

三木:面白いですね。怒りの可能性。

宇都宮:アンガーマネジメントみたいな感じとも違うんですか?

手塚:マネージメントするのはアンガーの悪い点に焦点を置いて、それをいかにコントロールするかですけど、怒りはポジティブな面もあると思うんです。

三木:行動的な。

手塚:世の中の不正に対して怒ることもそうですし、人間関係の中で怒ることもある部分それこそ創造性にもどこかでそれをうまく生かせる…

宇都宮:ある種破壊ですよね。シヴァ神とか不動明王みたいな。

手塚:そうです。興福寺の阿修羅像のような何ともいえない切ない…

三木:切ない怒りですね。それが文明を突き動かす次のステップと。

手塚:かもしれないし、癒しにも通じてるのかなと。

三木:怒りのポジティブな面をどう活用していくかっていう。

宇都宮:(怒りは)備わってるわけですもんね。ないわけじゃなくて。

手塚:人間誰でもあるんですよね。だから自分も怒りと付き合うのは苦手なんです。だけど特に日本ではネガティブな怒りのほうじゃなくて、もうちょっとポジティブな怒りとの付き合い方とか生かし方みたいなものができるようになったらいいなと。

三木:それは僕らにない観点だったのですごく面白いですね。

手塚:慈悲とか慈愛とかそういうのもものすごく大切なんですけど、もう一方で怒りにも心惹かれております。ちょっと分裂しております。

三木:両方必要っていうことですね。世界を創っている陰と陽という。

手塚:そうかもしれませんね。いじめを考える時にも、怒れないでいじめられっぱなしになる人もいますよね。当然怒ってもいいはずですよね。

宇都宮:怒らないのは不自然ですよね。自然っていうことですよね。あるがままっていう。

三木:ちょっと流行ってるNVCとか、Nonviolent Communicationということがありますけど、それは別にポジティブなことじゃなくて、その人のその時の感情をそこで共有して、対話していくっていうアプローチなので、そこの中には当然怒りの感情ってあるけど、それを対話していくっていうアプローチもあってすごい面白いです。

手塚:日本でもそういうことを?

三木:それは結構流行って、若い人に。

手塚:どういうところで流行ってるんですか?

三木:社会活動をされてる方とか、最近では企業とかもNVCとかやってる。

手塚:そうですか。ちょっと勉強してみます。

三木:本日は青山の手塚さんにお越しいただきまして、共通のお友達も多くて、重松先生とか井本さんとか藤尾(聡允)住職とか、これからも色々ご一緒させていただければと思います。どうぞよろしくお願いします。

手塚:はい。ありがとうございました。

手塚千鶴子さん
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