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第154回MMS「他者と比べない、争わない、戦わないという『無敵経』の教えを拡める」前編 株式会社創 代表取締役 村上肇さん

●ご挨拶と出演者紹介

三木:マイクロモノづくりストリーミング第154回、本日も司会は株式会社enmonoの三木が務めさせていただきます。本日は株式会社創の村上さんにお越しいただきまして、新しく生み出された『無敵経』のコンセプトを色々と伺っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

村上:お願いします。

 

●enmonoとの出会いと自己紹介

三木:村上さんと私の出会いなんですが、以前のNCネットワークという会社に私勤めておりまして、そちらのほうで村上さんが二六製作所という磁石を作る会社にお勤めで、NCネットワークのほうに登録をされていて、非常にWebを通じてEC販売に成功されたというところからのお付き合いなので、あれは何年ですか?

村上:98年だと思いますよ。20年ちょい。

宇都宮:そんなに前?

三木:20年ぐらい前に私はその時31かそこらでなぜか学生をしていました。それで研究対象として村上さんの会社を色々根掘り葉掘り……。そこが出会いで紆余曲折を経て今に至るということなんですが。

宇都宮:村上さんも紆余曲折が色々あったんですか?この20年で。

村上:色々ありますけど割と20年は一直線ですね。ネットに携わって20年なので、ずっとそれできてますよ。

三木:20年前に磁石がネットで売れるとは誰も思ってない時代ですね。

村上:僕も思ってなかったですから。

三木:決済とかも何もないですもんね。

村上:97年に僕はネットで磁石を売ろうと思ってホームページを立ち上げて。97年4月に楽天がオープンしてますから、そういうショッピングカート的なものもあったように思います。

宇都宮:楽天に掲載してたわけじゃなく?

村上:楽天は関係ないですけど、他にもショッピングカート的なものもありました。ただ僕がその会社で作ったのはホームページでまだショッピングカートはつけてなかったんです。カートをつけて売るようになったのは99年で2年後ぐらいです。それはもうオリジナルのカートを作ってもらってやりました。

三木:その時って最初は振込決済とか?

村上:振込ですね。請求書とかBtoBも多かったですから。

三木:そんなに来ると思わないじゃないですか。BtoBだから値段も何万とか何十万とか…

村上:それは普通にネット経由で仕事が来るだけであって、取引は通常のやり方ですね。大企業とか手形とかもありましたし。

宇都宮:大企業からも問い合わせがあったんですか?

村上:ありました。97年に立ち上げて一番最初に大きな仕事が来たのは、三菱重工広島製作所。

宇都宮:すごい。研究職の人?

村上:そう。倉庫とかの自動運搬で地面のほうに磁石を引くので、もうちょっと強力な永久磁石でやりたいということで試作で。試作といっても40~50万の仕事になったのは覚えてます。

宇都宮:それがネット経由で?どういう感触なんですか?「きたー!」っていう感じなんですか?

村上:「きたー!」というか最初の頃はすごいなと思いましたね。今まで営業なんてやったことがなかったのに向こうから探して来てくれる。その頃東京大学宇宙線研究所っていうところからもメールが来たりしてました。東大から滋賀の田舎の会社にメールが来たみたいなのでびっくりしましたよ。インターネットって革命だって当時言われてて、今はもう空気みたいになっちゃいましたけど、革命だったと思いますね。本当にあり得ない。お客さんが向こうから来るという、色んなところと取引も始まったし個人の方も磁石を買いに来るし、それでショッピングカートを作って売るようにもしたんです。

三木:確かに海外の本とか学術書を読めば、ECというものがあってそれがオンラインでもあり得るみたいな仮説的な話なんですけど、それを日本の町工場が何十万の仕事をオンラインで売ってるっていう、20年前ですからね。

村上:97年9月1日にホームページをオープンして、12月末で締めたら120万ぐらい売上があって、そのうちの40~50万が広島製作所、あとはいろいろ。その次の98年はネット経由で年間1,600万売れた。

三木:その時ってSEOという概念は全くないですよね。

村上:ないです。SEOという言葉すらないです。

三木:みんなどうやって調べて来られたんですかね。

村上:やっぱり磁石とかで探して。磁石ってこっちもどこに売りに行ったらいいか分からないんです。大手で使うところは分かってます。ハードディスク作ってたりスピーカー作ってたりすれば磁石がいることは分かるけど、そんなのはもう大手同士でやってるので、本当に小さなニーズなんです。さっきのやつもちょっとした不便で自動で動かしたいけど磁石をどうやって手に入れたらいいか分からないとか、ちょっとした不便から探すわけですよね。探して来られたら、マグネットワールドというホームページが出てきて、色々問い合わせにも答えてくれそうだということでどんどんメールが来て、それに答えてやってると98年1,600万売れて、99年にはショッピングカートをつけたら4,900万売れた。

宇都宮:会社全体の年商は?

村上:会社全体の年商はたぶん業績が悪くなってて、もう1億ぐらい。だから3年目でプラス5,000万になったわけです。2001年の5年目は1億6,000万ぐらい売れたので、会社の売上が全体の2.5倍になりました。

宇都宮:村上さんのそういうチャレンジで。

三木:それでその後会社を独立された?

村上:そうですね。その頃はもう2001年になってましたから、ネット通販っていうのはどんどん盛んになって、楽天も大きくなってヤフーショッピングとかできて、通販で小売りをするというのは一般化してきてたと思うんですけど、まだまだ製造業というのはそういう意識がない。「磁石だから売れたんだろ」みたいにとにかく線を引くので、そうじゃなくて…

宇都宮:toBではなかなかということなんですか?

村上:加工技術でも売れるし、もっと本当にあり得ないことが起きる。自分たちのやってることをちゃんと伝えたら向こうから問い合わせてくる。垣根なく東京大学も来るし三菱重工も来るし。そこに入り込んで営業してというのはまず無理な会社が、本当に超大手の企業との取引も何社も始まりました。そんな大きな取引じゃなくて総額で最後の年1億6,000万ぐらいですから、大きくても数百万ぐらいのレベルですけど。

三木:町工場にとっては大きいですよね。独立されてから何を始められたんですか?

村上:独立したきっかけは、二六製作所というところで5年Webマスターをやって、製造業とネットの可能性というものが身に染みて分かったから、製造業の人は下請けで買い叩かれるとか、その頃ちょうど空洞化と言われて海外にどんどんシフトしていく、国内の下請け企業の仕事がなくなるみたいな話もあって、それはそこの一社に依存しているからだから、依存するんじゃなくて自分たちの技術や、やってきたことをちゃんと伝えたら、必ず困っている人はいて、会社はあって引き合いあって仕事につながるから、もっと情報発信しましょうというのを伝えたくて独立した。セミナーで話をしたりネットでどうやったら伝わるか売れるかみたいなコンサルで1人で独立したんです。それが2002年の初めです。

三木:村上さんはもう講演伝道師みたいな1,000回を超えて講演をあらゆるところで…

村上:そこから講演をやって17年目ですか。17年で1,080回ぐらいです。

三木:すごい。話の内容はどういう内容ですか?

村上:基本は一緒なんですけど「情報発信しましょう」「自分たちの価値を伝えましょう」。自分たちの価値が伝わったら選んでもらえる、ということはそれでもうメーカーだと僕は思ってるんです。最終商品を作るというだけがメーカーではなくて、加工メーカーとか部品メーカーになれる、自分たちのやってる技術やその製品をちゃんと伝えて選んでもらって買ってもらえれば、それが一つの独立自尊になるし、メーカーの立ち位置になれますよということで、それをずっと伝えてきました。

三木:基本的な話ってその当時と今ってあんまり変わってないんじゃないですか。

村上:あんまり変わってないです。

三木:17年間同じことを1,000回言い続けた結果、村上さんのコンサルティングを受けた会社は変わってきましたか?

村上:多くのところで成果が出てると思いますね。製造業でも今や製造業専門のホームページ制作とか、色んなコンサルティング会社もやり出してるので、製造業の人がネットなんて全く見向きもしなかったところからは、20年で大きく変わってはきていますね。

 

●最近の変化とzenschool受講の経緯について

三木:それで17年を経た後、また次の変化を迎えられたわけですが、どのような?

村上:そうですね。20年前磁石を売ってた時代からいくとネットに携わって20年ちょうど経ったんです。この2017年9月1日で20年経ったんです。

宇都宮:20周年記念なんですね。ちょうど今。

村上:ちょうど20周年動画になるんですけど、20年経ってちょっと飽きてきたのもあるんですけど(笑)、お役に立つのでもちろんこれは続けていくんですけど、もうちょっとネットの活用を話すということではなくて、何でネットに僕が惹かれたかとか、なぜインターネットというものがこれだけ20年もずっとやれてるのか、その本質的なところに“戦わなくていい”というのがある。見える市場でパイを奪い合うとか競争するとかいうのがビジネスだという時代が長く続いてたんです。それも市場がどんどん大きく伸びてる時は奪い合っててもいいんですけど、今縮小してきて人口も減ってきてる中でそれをやると疲弊していくばかりなんです。見えてるマーケットというのはどうしても奪い合いになりますから、ネットだとみんながつながりっぱなし、グローバルビレッジというか一つの村みたいにつながってるので、自分が「こういうことをやってますよ」と言うと「それがほしい」という人が、見えないけれども必ずいる。そこにちゃんとアプローチをしてやれば戦わなくてもいいということです。僕はずっと「SEOなんていらない」とよく言ってたんですけど、あれも競争してるんですよね。検索上げてシェアを奪おうとか、そういう考え方はネットには合わないから。SEOっていうのは本来の意味は検索を上げるという意味ではないので、間違った捉え方をした業者さんたちがたくさん出てきた。もう今はあんまり下火になってますけど、グーグルが日本で使われ出した頃、2003、4年ぐらいからもうSEO、SEOって5、6年前までそればっかりになってしまって、これが僕にとってはネットをおもしろくなくしている。「そんなことしなくても自分に合うお客さん、自分が喜ばれる市場っていうのは見えないけどあるから、そこにちゃんと発信すればアプローチできれば戦わなくていいよ」ってまた言い出してたんです。

三木:その変化というのはいつぐらいですか?自分でやってきたことから次に移行したくなってきたというのは何年ぐらいですか?

村上:やっぱりここ1、2年ですね。

三木:確かに村上さんが発信してる情報を見ると少し変わってきたなというのは感じていて、それでコンコンと「zenschool行きませんか?」というのがある人の経由で来たと。

宇都宮:大熊さんの…

村上:塗装屋さんの強い誘いがあったんです。

宇都宮:東大阪の塗装屋さん。何て言われたんですか?その方は。

村上:何て言われたかというか、その前に変わってきたのは何でかというとSNSです。検索一辺倒、SEO一辺倒だったのが、SNSが出てきてFacebookとかそういうSNSツールがすごく優れたものが出てきたことによって、探さない時代に入ってきたんです。シェアするとかつながってる人の紹介、自分で何かを探して買うという選択肢だけではなくて、紹介してもらったモノ、この人が言うんだったら買うとか、そういう風にまた意識が変わった。これも戦わないんです。そっちがどんどん広がっていって、そうなってくると、僕はずっと発信してきたことはマーケットインだったんです。製造業の人たちに自分たちが持ってる今ある価値、今役に立ってる技術や部品をそのままストレートにちゃんと伝わるように発信すればマーケットがありますよ、すでに求めている人がいるよということだったんです。あんまり勧めてなかったのは、製造業の人たちは自社商品開発がしたいんです。僕もそうだったんです。最初磁石を売る時も、ネットで売るんだったら新しいモノを作って売らないと売れないんじゃないかと思ってたんだけど、そういう資金もなかったし僕サラリーマンでそういうこともできなかったので、あるモノを発信したら売れたのでそれにいったんです。だけどそれをずっと10年、15年売ってきてそこでは成果が出るんですけど、「もっとこんなのを作りたい」と言ってる人たちがいても僕は止めてきた。「探せないモノは売れないからやめておけ」ということで止めてたんです。だけどそれがどんどん変わってきて、シェアして買ってもらえるということは別に探せなくてもいいわけです。そうなってきた時にこれからはどっちもありだなと。そしたらその人が「楽しい」「やりたい」と言ってることを止めることはよくないので、やりたかったらやってもらったらいい。それで伝え方が今までと違うだけであって、SNSで自分の仲間をちゃんと作っておけばそれを紹介したところで広がっていって、どれだけ売れるかは別にしてその人が本当にほしいモノ、本当に作りたいモノであれば売れるチャンスはどんどん出てきてるので、そこでここ2、3年で変わったのはSNSの影響がありますね。ネットが探す検索マーケティング一辺倒だった時代から、SNSでシェアして買ってもらえるとか商売ができる時代になってきたので、それによって意識が変わった。三木さんとか宇都宮さんがやってるのを見てて、「これならいけるな」と僕も思ってたということです。

後編に続きます。

村上肇さん
https://www.facebook.com/hajimemurakami

WEBSITE
https://muteki-ch.jp/

 

 

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