NEWガイアの夜明けで紹介された、クラウドファンディングを活用して新規事業を立ち上げるためのスクール「zenschool(ゼンスクール)」 23期新規募集(残席3名)

Factory Art Museum Toyama(FAMT)グランドオープニングイベントギャラリートーク

司会者:このミュージアムを作る上で本当に最大のキーパーソンと言っても間違いではないかと思います。大きな夢を実現された梶川貴子社長です。それではどうぞよろしくお願い致します。

三木:ということで、株式会社enmono代表を務めます、改めまして本日の司会の三木です。よろしくお願いします。

梶川:Factory Art Museum Toyama館長、梶川です。よろしくお願いします。

三木:このミュージアムができた経緯から皆さんのほうにご紹介したいと思います。今日は「ことば」という言葉についてお話しをしたいと思います。2年前(2015年2月15日)初めて梶川さんとお会いした時、全日本製造業コマ大戦という製造業で自社製のコマを作って戦うという今世界的なイベントに成長した大戦がございます。緑川さんがいらっしゃってますね。

梶川:ありがとうございます。主催の緑川さんです。

三木:こちらの世界大会のほうに私もギャラリーとして参加を致しまして、その後の懇親会会場で梶川さんとお会いしまして、我々は町工場さんが自社商品を開発するというセミナーをやっておりまして、梶川さんもそういうのに興味があったんですね。

梶川:そうですね。

三木:それで「じゃあやりましょう」みたいなことで握手をしてしまったところから間違いが始まったということですね。

梶川:何かスイッチが入りましたね。スタートが切られましたね。

三木:この時の状況は分かってました?

梶川:全く分かってないです。ただ握手しただけで。何が起こるかも分かってないし、まずzenschoolというものが何かも分からなくて握手をしました。

三木:でも一応会話をして自社商品とかを考えてるみたいな話を…

梶川:そうですね。何かを生み出すと言われてもなかなか自分の頭をひねっても何も出てこないので、何ができるかなと思ってその時は握手をしたんです。

三木:なるほど。それでまだ目がキョトンとしてる。

梶川:そうです。

三木:そういうところから握手をして、そのschoolがスタートしたのがその夏頃でしたっけ?

梶川:そうですね。2月に握手してschoolは7月にスタートしました。

三木:5ヵ月ぐらい間があいて。それで今日いらっしゃってます西村さん(西村拓紀さん)のオフィスの1階をお借りしまして、4日間48時間ぐらいかけて「梶川さんいったい何がしたい人なんですかね」と(笑)

梶川:尋問をされました(笑)ずーっと尋問をされまして、どんどん心理的に追い込まれて。もう崖っぷちのこの最後の最後にポンと。

三木:ある言葉が出たんですね。その言葉がこちらです。「美しいものと製造業」という言葉が出てきて、一番最後に出た言葉なんですけどなぜ出た言葉なのか?

梶川:何でしたっけ?

三木:自分で言ったんですよ。

梶川:何て言いました?

三木:「美術館のような工場」って自分で言ったんです。

梶川:あ、そうでした?全然覚えてないです。すいません。

三木:この言葉からここが生まれてしまったという。ご自身で言ったことも忘れてますか?

梶川:忘れてます。

三木:そうですか(笑)でもその言葉で最後腑に落ちた?

梶川:そうですね。美術館は自分の中では好きな場所なんですけど、自分が出かけて行く場所としか見てないんですが、自分がまさかそういった施設を作ろうなんていうことは生涯の中でないと思ってたので、自分の中では何だろうっていうのは覚えました。

三木:腑に落ちて、卒業後どんな心持ちでここまで来たのか。

梶川:schoolが終わってから、アルミの欄間を加工するまでに至るんですけども、あのアイデアは社員が出しました。私のほうからアイデアシートを出して、「何かアイデアない?」って言ったところで、「井波彫刻のアルミの欄間」っていうのが出てきたんですけれども、それを具現化してそれが着々と進んでいきまして、それと同時並行で「私はミュージアムを作りたいんです」と会う人会う人にしゃべっていたんですね。実は。

三木:それも言葉ですね。

梶川:言葉です。大概10人中9人は皆さんキョトンとされました。

三木:目が点みたいな。

梶川:はい。「何言ってるんですか?」「は?」っていう感じで言われるんですけど、次会った時に「いや~この前言われたことをよくよく考えるとおもしろいよね」っていうパターンが多かったです。

三木:それで言われて今度自分はどういう感じだったんですか?

梶川:自分は最初はこんなこと言ってどうなるんだろうって思いながら、疑心暗鬼ながら、「いいよね~」とか「おもしろいよね」っていうことがリターンで来ると増殖していくといいいますか…

三木:「いいよね」っていう言葉をもらってまた自分の中で?

梶川:不安げな言葉がどんどん自信となって、「私は作りたいんだ」「作ったらいいよね」が「私は絶対に作るんだ」というような形にどんどん変化していきました。

三木:なるほど。それも言葉の力ですね。

梶川:そうですね。言葉が変わっていきました。自分の言葉が。自分の発信する言葉が変わっていきました。

三木:どういう内面の変化で自分の発する言葉が変わってきたんですか?

梶川:表現しにくいんですけど、ぼや~んとしてたものがどんどん色濃くなって形になって、私のやりたいことはミュージアムを作って色んな人を乗せてっていうようにどんどん形が大きくなっていったということです。

三木:それでこういうもの(ガイアの夜明け)が来ましたけども、この関係はどういう感じですか?

梶川:この関係は、何でうちに最初に取材に来るのかなというのがまずあったのと、メディアが入ることによって会社の中で、例えば「今日カメラ来ますよ」って言ったら「忙しいのに何言ってくれるんだ」っていうのが普通の現場だと思うんですけれども、ちゃんと計画に入れて「来週○時から○時までカメラさん来るから計画をこうしよう」という風に社内の取り組みもメディアが来ることで変わってきました。

三木:なるほど。結構撮影に時間を要したみたいですね。

梶川:しましたね。

三木:どれぐらい?

梶川:結局8月から1月まで半年はかかりましたね。

三木:その間に社員の方の意識はどう変わってきましたか?

梶川:自らディレクターとコンタクトを取って。

三木:すごいですね。

梶川:「欄間の上がり今度いつですよ」って全部自分で電話してましたよ。

三木:それまでは?

梶川:それまでは全部私を通して「今度来る」「今度来る」って言ってた計画が、担当者の方で「来週の月曜日に来たら仕上げを見れますよ」みたいなことが私の分からないところで進んでいきました。

三木:何でこの社員の方はそう変化してきたんでしょうか?

梶川:分かんないです(笑)

三木:分からない(笑)それも社長の言葉で常に夢を口に出して「こうなるんだよ」とか言ったとか

梶川:そうですね。でも分かんないと思います。その頃はこの形がなかったのでたぶん分かんなかったと思いますね。

三木:でもそういった場所を作るっていうアイデアもおっしゃってたのですか?

梶川:そうですね。「ミュージアムを作る」は言ってましたね。

三木:それでこの撮影がありまして、さらにこういうもの(クラウドファンディング)がありました。この会場でクラウドファンディングでご支援していただいた方もいらっしゃると思うんですけれども、こちらのzenmonoというクラウドファンディングのほうで梶川さんがプロジェクトを起案して、200万円という金額を皆さんから支援していただいたということなんですけれども。この活動はどうでした?

梶川:これはもっと簡単に皆さんが良いテーマを上げればチャリンチャリン毎日1万円というお金が降ってくるんだと私思ってたらとんだ間違いで、リアルの会った人たちが支援してくれる確率のほうがはるかに高いです。なので、この2ヶ月あるんですね。1月19日から3月18日まで2ヶ月開催したんですけども、その間でプレゼンしたりどこかにタカポケ(https://peraichi.com/landing_pages/view/takapoke)ってやってるところでしゃべったり、色んなところに行ってしゃべったんですけども、そこで出会った人から改めて支援が入ったり、あるいはそういう風にしゃべって聞いた人が「梶川さんって人、なんかミュージアム作るらしいよ」っていうことが廻り回ってちょっとした支援が増えたり、ということの積み重ねが2ヵ月間ありましたね。

三木:なるほど。自分たちにお会いした時にこういうことやりたいっていうのはどういう言葉で説得したんですか?

梶川:ただ「作りたい」「やりたい」ということをまず伝えて、そこで「そんなのどうやって採算性取るの?」とかってよくダメ出しされたんですけども、「そういうことを考えてたら何もできないので、事例がないから分かんないけどやってみよう」ということを…

三木:そうするとだんだん

梶川:そうですね。意外にスルーされたかなって人が次来た時に、「僕はこういうのが作りたいのでこれ飾らせていいですか?」っていうような予想外の反応の人も結構いました。

三木:お金を支援するんじゃなくて、そこにできたら飾らせてほしいみたいなそういうのも?

梶川:そうそう。そういう人もいました。興味なさそうに限って、実はすごい興味があったとか。

三木:これやってる間私たまたま海外に出張していまして、途中までずっと30万で低迷していて、すでに期間の半分ぐらいを過ぎていたというところで、突然宇都宮というパートナーからFacebookでメッセージが届いて、「成立しました」みたいな。なぜかその時に同じ日に一番高い30万円の対価が2件連続で入りまして、それで成立ということなんですけども、一番高い対価何でしたっけ?

梶川:欄間のミニサイズの、ミニ欄間というものをスケール小さくして作って、それを30万の対価で上げてあったんですけれども、それが同じ日に2個支援されて、もうその日のうちに100万クリアしてクラウドファンディングが成立したということになりました。

三木:この支援していただいた方ってお知り合いだったんですよね?

梶川:一人はお知り合いで、一人は全く知らない。

三木:そのお知り合いの方って例のラーメン屋さんの?

梶川:違います。ラーメン屋さんは知らない人だったんですけど、もう一人は古い知人だったんですね。

三木:その方にご支援いただいたという。でも不思議ですね。ラーメン屋さんはなぜ入れていただけたんですか?

梶川:ラーメン屋さんはよく分かんないですけど、井波彫刻とかそういった伝統産業をとにかく残したいというような半分奉仕的な趣味があったらしく、金属の井波彫刻って言ったら聞いたことないっていうことで支援があったということですね。

三木:そんな形でめでたく成立をして今日に至るということなんですけども、改めて「ことば」の持つパワーはスゴイというか、結局このミュージアムでも梶川さんの頭の中にしかなかったものが「ことば」にポンと出てきたことから全てがスタートしていって、だから思考が現実化するみたいな感じなんですね。妄想が現実化するのに2年かかったとということだと思うんですけども。最初僕らが見ていて、お金が集まったのはいいんですけどそれからどうするかみたいな戸惑いはあったと思うんですけど、でもなぜかしらないけどやってるうちにどんどん加速度出てきて。

梶川:そうそう。そうですね。

三木:それからはもう僕らは手を付けられないぐらいのパワーになってしまって。

梶川:そういうような感じはありましたね。

三木:何がそういう風なことに梶川さんをさせたんでしょうか?

梶川:いや、分かんないですけど加速度はついていきました。分かんないです。

三木:例えば具体的にどういう風な現象が梶川さんの周りで起きてたんですか?こういう風になったらいいなと思うと誰かがこうしてくれるとか。

梶川:クラウドファンディングの途中だったかな?結局ここを直すっていうのは分かってたんですけど、じゃあどう直すかっていった時に自分が設計できるわけでもないし工事ができるわけでもないし、そういう方たちがどんどん自然に出会うんですね。

三木:自然に?

梶川:自然に出会うんですよ。

三木:どういう風に自然に出会う?

梶川:例えば「工事したいんです。誰か手伝ってください」とかって言ったら「はい」って。

プレゼンする場とかで言うと「はい」って来て、その人たちからまた周りの人たちから「じゃあ僕設計できる」とかいうのが積み重なってきたのが1年半ぐらいです。

三木:その最初に手を挙げていただいた方はクラウドファンディングとかは?

梶川:もちろん。

三木:上げていただいて、そこからつながっていって、周りにいる人たち、その特にデザインされた方は富山県出身の設計士さん?

梶川:そうですね。

三木:ということで、すばらしい場所ができました。

梶川:私の力では無理です。

三木:梶川さんが色んなとこで想いを訴え続けた結果がどんどん渦みたいな感じで広がって実現したんですね。

梶川:そうですね。

三木:改めてご自身でこの自分がやっちゃったことに関してどういう風な?

梶川:スタートはこれから。今日がオープンなのでこれからなんですけれども、ちょっとこのやってる間中変わった出来事が数々ありました。

三木:どのような?

梶川:例えば「クラウドファンディングをスタートさせますよ」っていう3日ほど前にうちの女性の事務員が骨折したりとか(笑)

三木:あららら

梶川:次にプレオープン出しますって言った1週間ほど前にうちの若い男性社員が廃車になるような事故をして。

三木:でもご自身は?

梶川:ご自身は怪我はなく。私の中では何かが動く時に気をつけなきゃっていうのがあったんですけど、今回は油断してました。

三木:今回何があったんですか?

梶川:今回すごいことが起きました。今回そこのメタルアートミュージアムの看板サインが出来上がったんですね。4日ほど前に出来上がって、「できた~!すご~い!」って言ってたら翌日元々あった本社の株式会社フジタっていう看板の鉄柱が倒れて粉々になりました。もう道路にバーンと倒れちゃって、なんか不思議なことやっぱりあるんだなというのを確信しました。

三木:なるほど。やっぱりそれもある種のサインであって。

梶川:何なんですかね。

三木:もうそれ替えてもいいんだよっていう

梶川:今後またどうなるかお楽しみに。

梶川:何か事件が起きたって言ったら何かを始めることかもしれないのでお楽しみに。

三木:それも全ては一番最初の「美術館のような工場」ということばから発生しちゃったんで、梶川さんがすごいなって。ことばの力って。このミュージアムこれからどんな感じで展開していくみたいなのはありますか?

梶川:そうですね。この1年半で今日を迎える形が全くもって想像外の形なので、おそらく私の想像外のことが起きるんじゃないかなと期待しています。今回下を見ていただいたら分かるんですけど、クリエーターさんとかアートディレクターさんとか製造業とはあまり縁がなかったような方たちもこうやって集まっていただいてますので、これからは製造業が今まで出会うことがなかった方たちといかに出会うかということをこの場を通してつなげていきたいと思ってます。

三木:なるほど。モノを作るということプラス展示する以外のことにも色々クリエイティブなモノが満たされていくということですね。

梶川:そうそう。

三木:実際ここ(2F)はどういう場所にしていきますか?

梶川:ここは今日今からやるワークショップを開催したり、ここでぜひ講演させてほしいっていう人が今日のような形で講演したり。それともう一つ。皆さん今日座っているイス、これも奇跡のイスなんですよ。実は。

三木:どのような感じのイス?

梶川:私がこそっと「ワークショップするんでイスがいるんだよね。イス作って。」って福井のアイアンプラネットさんにメッセンジャーで入れて、「こんな感じで」って流してたら、その後私東京に行くことになって、西村デザイナーさんたちの前でちょっとポロっと言ったら「じゃあ何か作りましょう」っていう話になって現在のイスが出来上がりました。この脚は福井県のアイアンプラネットさんですけど、この木材の座面、これは富山県の氷見里山杉の岸田さんのほうが調達というか…

三木:ここにありますよね。

梶川:そうですね。天然木の1枚板です。加工は小野沢家具さんにお願いしたいんですけど、2ヵ月ない中でこれを仕上げてしまうっていうのはおそらく今からやったら無理だと思います。その絶妙なタイミングと絶妙な人の…私の頭の中でも誰と誰に言おうかなっていうのが降りてくるんですよ。

三木:そういう能力を持っている(笑)?

梶川:そうそう。「岸田さんいるじゃん」「ああ、小野沢さんいるじゃない」みたいな感じで出来上がって今に至ります。

三木:なるほど。単なる美術館ではなくてクリエイティブハブというかそんな感じになっていくんじゃないかなと思います。ということで、梶川さんどうもお付き合いありがとうございました。

梶川:こちらこそありがとうございます。

Factory Art Museum Toyama
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グランドオープニングイベント
https//www.facebook.com/events/359047197794257/

プレゼン資料

http://prezi.com/srjqfbmamg8a/?utm_campaign=share&utm_medium=copy&rc=ex0share

 

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