NEWガイアの夜明けで紹介された、クラウドファンディングを活用して新規事業を立ち上げるためのスクール「zenschool(ゼンスクール)」 22期新規募集(残席1名)

第127回MMS放送 「クラウドファンディングをきっかけに業務拡大し売上倍増のエンジニアリング企業」【前編】 有限会社ケイ・ピー・ディ 代表取締役 加藤木一明さん


●マイクロモノづくり経営革新講座 第2期生
enmono(三木)   はい、ということで第127回マイクロモノづくりストリーミング、本日も始まりました。本日はケイ・ピー・ディの加藤木さんに来ていただきまして、クラウドファンディング・自社商品開発をきっかけに経営が大きく変わったというお話を伺えればと思います。よろしくお願いします。

加藤木       よろしくお願いします。

enmono   いつものように司会は株式会社enmono三木でございます。あと声の出演で――。

enmono(宇都宮)   はい、宇都宮です。

enmono   加藤木さんは今zenschoolと言っている講座の前身にあたる、マイクロモノづくり経営革新講座の第2期生でした。どういうきっかけで講座にいらっしゃったのかお聞かせいただけますか?

加藤木       ウチ(ケイ・ピー・ディ)は口コミ等がメインであんまり営業していなかったんですね。それで十何年かやれてきてたんですけど、リーマン以降まわりの状況が苦しくなって、異業種コラボや勉強会に参加して、付き合いを広げていった時の一人に江田さんという方が……。

enmono   有名人の。

加藤木       はい。面白い考え方があるよということで「マイクロモノづくり」というキーワードを聞いて、紹介セミナーに参加させていただいて、「面白いなぁ」というのがずっと頭の中にあってですね。それでもその時、江田さんと一緒に異業種交流会のグループに入ったので、そこでなにかあるんじゃないかなぁというのがあって(すぐに経営革新講座に参加ということにはならなかったのです)。現に色々あったんですけど、基本的に困ってる人が集まってるので、すぐ売上に繋がるということはなく。

enmono   お互いに傷の舐め合いのような。

加藤木       そういう部分も飲み会であったりとか。その中でキーワードが頭に残っていたので、何回かお話を伺って、ちょっとやってみようかなと。「自社商品」というのも全然頭になかったキーワードなので、「なんだろうな?」と半信半疑で。「実践」というキーワードはすごく良かったので、第2期生として参加しました。

enmono(宇都宮)   半信半疑で受けるにはそこそこな金額がかかると思いますが。

加藤木       それだけ困っていたというのが実はありまして。

enmono(宇都宮)   何も手立てがなかった状態だったのでしょうか?

加藤木       その当時の自分では発想力がなかったですね。異業種交流会どうこうというよりも、自分自身のスキルが低すぎたというか想像力がなかったので、「この人とこういうことができる」というのも「できない」というイメージしか湧いてこなくて。自社商品という言葉すら頭の中になかったので、そういう視点を持っていなかったということですね。

enmono   技能は充分お持ちだったと思うので、自分で「ない」と思いこんでいただけですね。

加藤木       壁だったんですね。心のブレーキを踏みっぱなしで(笑)。

 

●基板で食べていく
enmono   ご覧になっている皆さんは加藤木さんのお仕事がわからないと思いますので、自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか?

加藤木       まず自分自身の自己紹介なんですけども、元々は某自動車メーカーで組み立てをやったり、自動車販売をやったりしていました。そこから転職しようと思ったきっかけが円高とかで「給料が少ないなぁ」「このままだと厳しいなぁ」と若気の至りで転職して、元々は電気科だったので、電機メーカーがいいんじゃないかと入ったのがプリント基板設計会社でした。緑色の板(基板)の設計をするというのを社員として始めました。そこで8年くらい、一通り自分でできるようになったのですが、当時は分業で基板は基板だけという感じだったので、上流・下流の(前後の)工程も見えない状態で設計をしているということに自分的に成長の不安があって――それでまた転職なんですね(笑)。

enmono   結構転職されてるんですね。

加藤木       転々としていますね(笑)。で、開発会社に入って、FAXですとか電話機ですとか、携帯ではないんですけど。小さな60名くらいの会社なんですけど、電気設計・基板・ソフト・製造・マレーシアの工場で組立と、社内で一通りの流れができる会社があったので入りました。不安になるくらい羽振りがよかったんですけど、半年くらい勤めて、今の奥さんと結婚して、翌日に会社が倒産したという衝撃的な(笑)。

enmono   すごいですね。それはどういう理由で倒産しちゃったんですか?

加藤木       FAXだったと思うんですが、最終的には製品の不良在庫が溜まって、マレーシアの工場に山積みになって、予定していたお金を回収できないということでかなりのアレ(負債)があって。

enmono   社長は日本人ですか?

加藤木       そうですね。あんまり言うとアレですが、マレーシアの方へ逃亡しちゃったりとか、そういう噂ですけども(笑)。その時に夫婦揃ってハローワークへ行ってたら、これ夕刊フジなんですけども(画面に『結婚式の翌日に会社が倒産』の記事表示)記者さんに取材されて、「なんでここにいるんですか?」というところから。

enmono(宇都宮)   メディアデビューなわけですね。

加藤木       メディアデビューですね。新聞はこれが最初で最後だろうなと思います。

enmono   夫婦でというのがすごいですよね。

加藤木       そうですね。妻の両親にはずっと言えずに。仕事しているフリをして。

enmono   奥さんもその会社に勤めていたのですか?

加藤木       別の会社だったのですが、結婚を機に辞めて、東京の家(加藤木家)へ嫁いでもらったので、二人とも失業中みたいな。

enmono   人生の転機ですね。

加藤木       色々その時に就職活動して、自分の風呂敷っていうんですかね。何ができるかというのを見て、ほかの業種というのも考えはしたんですけど、今まで基板設計のスキルを上げるために10年、基板設計が好きでやってきたのに、そこで全然違う方向というのは考えられなかったんですね。
今だから言えることかもしれませんが、倒産ということがあってありがたかったです。

enmono   ありがたい、ですか。

加藤木       本当に幸せ者だと思います。今だから言えるのかもしれませんが――というかその時もヘラヘラしてたんですが――結局「基板だけ」という風に雑念がなくなったんです。「これがいい、あれがいい」「あっちは給料が多い、少ない」とか、そういうことを考えなくなって、「これで食べていく」と。

enmono(宇都宮)   基板の道で悟りを開いたんですね。

加藤木       そうですね。その倒産した開発会社で基板担当は私一人だったんです。同じ会社だった方たちが色んな会社に行ったので、60何人の方たちが基板について私に相談してくれるんですね。そこからスタートだったので。

enmono   ああ、そういうことか……。

加藤木       やるなら応援するよという方が多くて。一時、基板工場に勤務したこともあったんですけど、やっぱり窓際族みたいな感じで仕事が来たらやってみたいな形で全然充実しなかったんですね。それなら勝負して創業しちゃえという感じで。

enmono   創業したのはいつぐらいですか?

加藤木       1999年です。

enmono(宇都宮)   おいくつの時ですか?

加藤木       17年前なので、30ちょいですね。

enmono(宇都宮)   まわりに言いました? 創業するということは。

加藤木       ちょうど山一証券とかがあった時で(山一証券は1997年に経営破綻)、「なんでこんな時に創業するの」みたいな。親兄弟親戚中猛反対で、「それだからやるんだよ」とワケのわからないことを言って(笑)。結果が早く出るだろう、傷も浅いだろうと無理矢理突破して。

enmono   創業するにあたってどういう設備を揃えられたんですか?

加藤木       基板設計って昔はワークステーションとか1台300万~400万するようなものが必要だったんですけど、ちょうどCADがパソコン版に移行していた時だったので、パソコン系のやつを購入して、CADはまず揃えてですね。

enmono   ソフトも高いんじゃないですか?

加藤木       高いですね。あ、高いって言っちゃいけないですね。

enmono(宇都宮)   PC版と言いつつ。
enmono   何百万もする――。

加藤木       何千万、というアレだったんですけど。

enmono(宇都宮)   それは借金をされたんですか?

加藤木       そうですね。応援していただいたり、あとは安く買わせていただいたというのもあったんですけど。その時はお金がない中からさらに集めて。

enmono(宇都宮)   それで実現できたというのはすごいですよね。

加藤木       いい人やチャンスに恵まれたと思います。元々基板設計をやっていた時に同じCADを使っていた人たちのネットワークもあったので、相談してみると色々ないい情報が集まったのと――。

加藤木       CADがあれば会社をたたんでも仕事はできる。仕事ができればお客さんに迷惑はかけない。会社がなくなっても面倒見ますということは言えるので。その時は(CADの)リースが通らなかったというのもありますけど、もう全部買い取りで。その後何度もバージョンアップとか新しいのに買い換えているんですけど、全部買い取りで。銀行から借りてやっていますね。

enmono(宇都宮)   ソフトメーカーにとってはいいお客さんですよね。現金買い取りって普通大手だと先延ばしされますし。

加藤木       それが信頼に繋がるというか。こういう風にしてあって、なにかあっても「できない」ということはないという状況を達成したというのはあります。

 

●基板設計はアート

enmono   基板設計のどの辺が燃える感じなんですか?

加藤木       部品が載って、普通は回路図があるんですけど、それを一番最初に形にするお仕事だと思うんですね。電気関係の。基板設計って10人いたら10人とも違う絵になるんですよ。全然特徴が変わって、これは誰が引いたってわかっちゃうくらい。その独特な違いがあるので、お客さんが着くんですね。ファンが。

enmono   この人が好きだみたいな。

加藤木       ええ。「この画家さんが好きだ」みたいな。

enmono(宇都宮)   アートなんですね。

加藤木       アートなんです、本当に。

enmono   今、基板のことを知らない方が多く見ていらっしゃると思いますので、これを。我々の前に基板のパターンが印刷されたものがあります。

加藤木       これは基板アート手ぬぐいですね。今日は慌てていて基板(の実物)を持ってくるのを忘れてしまいまして……。

enmono   手ぬぐいにデザインとして起こしたという。これは当然加藤木さんのオリジナルパターンだと思いますが。

 

加藤木       これは新規で書いたオリジナルです。基板自体細かいので、皆さんはこういうところまでは見られないと思うんですけど、これが私たち基板設計者が見ている絵なんですね。

 

enmono(宇都宮)   これを見てニヤニヤしているわけですね。

加藤木       ニヤニヤしてますね。

enmono   (笑)。

加藤木       綺麗に一本通ったとか。最短距離で行けたとか。短い距離で太くて、びっちり詰まってというポイントがあるんですけど、これができあがった時の達成感というのはもう比べるものがないくらいですね。

enmono(宇都宮)   今だとCADで自動レイアウトしちゃうじゃないですか。それはまだまだな感じなんですか?

加藤木       最初に出てきたものはもう「なんだこりゃ」という感じだったんですけど、それを言っちゃうとちょっと(笑)。

enmono   レベルは結構上がってきているんですか?

加藤木       最近上がってきていますね。これも図研のユーザー会に発表させていただいたんですけど、すべて自動っていうのはまだ無理なんですけど、こういう短い部分とか近い部分とかだけは機械にやらせるということが可能になってきているので、すごく一昔前とは違いますね。


加藤木       結構、基板設計者って「ダメだ」と思うと使わないんですけど、使わないとソフトもよくなっていかないので。私は「大丈夫だ」「どうやって使いこなすかだ」と思っています。元々一人二人でやっていたので、CADを最大限利用するということを常に考えています。

enmono(宇都宮)   (ソフトメーカーに)要望を伝えたりはしているんですか?

加藤木       そうですね。通らなくても。

enmono   (笑)。

加藤木       そのためにサポート保守とかも切らずにやっています。さんざん要望は出しましたね。

enmono   メールなどで連絡するんですか?

加藤木       電話でサポートができるので。これ要望お願いしますという形で。10何年間で私、500回くらい。要望以外にも操作の質問などもありましたけど。

enmono(宇都宮)   改善提案とか、すごく。
enmono   価値がありますね。
enmono(宇都宮)   開発に寄与しているくらいの勢いですよ。

 

●変わっていく業態・業務内容

加藤木       では会社の紹介に。有限会社ケイ・ピー・ディという名前で、最初は個人事業で、2004年に法人化しました。法人にした理由は先々CADがあれば仕事ができるということでリースを通しやすくするのと銀行さんとの取引で資金繰りがやりやすくなるという点でした。場所は東京の葛飾区。

enmono   ご自宅でやられているんですね。

加藤木       そうですね。自宅兼事務所でやっています。その理由も基板設計って納期勝負なので、電気設計者が定時で帰る頃に変更を出して夜中にバーッとやって、朝できあがったのを見せたいという……普通じゃないですね。

enmono   日中は何してるんですか?

加藤木       日中もやってますよ。そういう時は大体ずっとやっていて、結構徹夜何連チャンというのばっかりやってましたね。

enmono   今も?

加藤木       今はできるだけやらないように……もう身体がキツくなってくるので。2~3時間は寝るようにしています。

enmono   2~3時間(笑)。
enmono(宇都宮)   それもちょっと……。

加藤木       でも、夢に出てきちゃうんで。夢でやってるとか、最初の頃はずっとそんなんでしたね。

enmono(宇都宮)   楽しい感じですか? 追いかけられてる感じですか?

加藤木       ワクワクする感じですかね。

enmono   おお……。すごいですね。

加藤木       夢の中でできちゃったりして。「あ、こうすればいいんだ」って事務所にすぐ行って、「これできるんじゃないか」とか。

enmono(宇都宮)   楽しそう。

加藤木       楽しいですね。

enmono   なるほど。では引き続き――。

加藤木       事業内容は、リーマン以前は元々の主体は口コミでお仕事をいただいていたので基板設計だけしか請けていなかったんです。もう来るのは全部請けてやっていたんですけども、リーマン以降になった時に世の中がちょっとずつ変わってきて、大手さんとかお客さんの方で基板設計の後の製造ですとか、そういうのをやらなくなってきたんですね。

enmono   企画ぐらいで。

加藤木       そうですね。全部をひっくるめてやってくれという話が多くなってきて、製造と部品実装、そういうものを請けるようになって、事業内容はそういった形で基板設計以外も増えてきて。

enmono   それはいつ頃からですか?

加藤木       大体リーマン……2009年ぐらいからですので、お会いするちょっと前です。基板設計以外の仕事を増やしたのでリーマンの影響というのはウチはあんまり酷くなくて、妻と二人でゆっくり構えてやっていました。

enmono   奥さんも設計されるんですね。

加藤木       そうですね。その後、東日本大震災があって、大変な状態になって。

enmono   2011年……2期生だから多分……。

加藤木       震災の後ですね。

enmono   9月とか10月くらいでしたか。

加藤木       後半ですね。そういう震災があって、今モノづくりとかやっている中で、最終的に増えたのが開発請負。電気設計から開発して組み立てして出荷するというのと、それ以外にコンサルティング。基板設計のベンチャーさんですとか、そういった方々が基板をちょっとチェックしてくれと。

加藤木       こういう風にしたらもっと小さくなるし、能率もいいとか。ここが随分細いから電気の通り道を太くしてあげてくださいとか。ここにはアンテナがあるので、ほかのものがあったら干渉してしまいますよとか。そういうご相談をいただくようになって、ありがたいことです。そういうのもちょっとずつ増えてきています。

enmono   コンサルティングをやるきっかけになったのは、このhealing leafという……(手ぬぐいに印刷されている)。

加藤木       そうですね。マイクロモノづくりですね。このhealing leafとかをやって、「こんなヤツがいるんだよ」と知ってもらえたので、色んな方から声をかけていただくということが増えました。開発もそうなんですけど、最初のうちは断ってたんですね。基板設計だけなんですって。

加藤木       でも断るのもアレですし、全部社内でできてしまえばいいなぁというので、電気設計者2人お願いできる方が増えたりとか、徐々に連携ができてきたので、そこで請負からコンサルティングまで、ありがたいことに事業が増えつつありますね。

enmono   実装する工場も同期生が。

加藤木       岡田さんですね。2期生の中でも岡田さんとはお仕事でもやり取りが続いていて、お仕事をいただいたりしているので。

enmono   素晴らしいです。

後編へ続きます。
 
https://zenmono.jp/story/270



▼加藤木一明さん
https://www.facebook.com/kazuaki.katougi

▼WEBSITE
http://pcbart-healingleaf.com/
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